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ユダヤ人助け隊


ダビィデ王さんも見てる☆
(○´∀`○)

●ルイス・ウェインさん「猫…猫が花のように見える…あああ…!」
(*Å*)
※目がチカチカする色彩が平気な方は画像検索してみてください。
(全く関係のない画家やパロディ絵も出てくるので、グロ耐性が多少必要かもしれません)

今回は「ユダヤ人助け隊」のお二人をご紹介致します。
どちらも特徴の少ないスーツ姿のおじさんだったため、ネクタイで特徴付けしてみました。
「トランプ・キングズ」のダビデさんがマスコット化していますが気になさらないで下さい。

「HOW TO樋口季一郎」
●8月20日生まれ。
歩兵第41連隊長、第3師団参謀長、ハルピン特務機関長、第9師団師団長などを歴任。最終的に第5方面軍司令官兼北部軍管区司令官となる。
ユダヤ人をナチス・ドイツから救うため、関東軍の「内面指導権」を行使して、ユダヤ人難民へ満州国滞在のビザを発行させた。
「余談」
安江仙弘さん達と共に「河豚計画(1930年代に日本で進められた、ユダヤ難民の移住計画)」を進めるが、シベリアに赴任した軍関係者の多くがユダヤ陰謀論に傾く中、彼は「排ユダヤ主義の否定だけで十分だ」という立場をとっていた。

「HOW TO杉原千畝」
●1月1日生まれ。
日本の官僚・外交官で、第二次世界大戦中に、リトアニアのカウナス領事館に赴任していた。
そのとき、ナチス・ドイツによりポーランド等欧州各地から逃れてきた難民の窮状に同情し、外務省からの訓令に反して、大量のビザ(通過査証)を発給した。
これにより、約6000人にのぼる避難民を救い、海外では、「日本のシンドラー」等の呼び名で呼ばれることがある。
「余談」
政府の命令に背いてやったということで、不遇の晩年を送ることになった。
千畝の消息を尋ねるユダヤ人協会からの問い合わせに対して、当時の外務省は「SEMPO SUGIHARAという外交官は、過去においても現在においても存在しない」と回答しており、日本政府による「公式の名誉回復」が行われたのは2000年10月10日。
…人助けをして迫害・中傷を受ける…って、どんな世界だよ。

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テーマ : 歴史大好き!
ジャンル : 学問・文化・芸術

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家康が知っていた古代史

古代年号
最近珍しい書籍を教えてもらいましたので、ご存知かもしれませんが、紹介します。
安土桃山末期、江戸初めの1608年に、ロドリゲスというポルトガル人が日本に布教に来て、日本語教科書を作るため、茶道を含む、日本文化を幅広く聞き書き収集して著した、「日本大文典」という印刷書籍です。400年前の広辞苑ほどもあるような大部で驚きです、さらに家康の外交顧問もしていました。特に銀山開発には家康はスペインからの技術者導入に尽力しています。スペイン国王からは難破船救助のお礼に、「家康公の時計」をもらっています。
興味深いことに、この本の終わりに、当時ヨーロッパ外国人が聞き書きした、日本の歴史が記載され、倭国年号から大和年号に継続する522年善記からの年号が記載されています。この頃あった、古代からの日本の歴史についての考を知ることができる タイムカプセル でしょうか。これが戦国時代直後までの古代史の認識で、家康はこの倭国からの王朝交代を知っていたはず。明治以後にはこの歴史認識は失われてしまった。日本大文典のこの内容は、ウィキなどどこにも出ていません、もう既に見ていますか。
ついでに
倉西裕子著 『「記紀」はいかにして成立したか』 720年日本紀と 日本書紀 は823年 別物という考証があります。
宜しくお願いします。
興味なかったら削除してください

>いしやま様

素敵な書籍の紹介、ありがとうございます!
いえいえ、こういう紹介や口コミから、
新たな知識との出会いが出てきますからね。
いろんな見解や予想を知ることも、歴史好きなら必要不可欠ですし。
(●´ω`●)
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